一次予防とは、病気にならないための生活習慣を身につけること

県警産業医・小池クリニック院長 小池廣昭さん/和歌山

投稿日:2020/07/25

県警の産業医に推薦される

産業医嘱託書

「和歌山毒物カレー」事件がおこった直後に産業医に任命されました。カレー事件が起こり、現場責任者の過労死が起こってからの任命でした。産業医というのはその職場で働く人々の健康を守る仕事です。私の場合は「嘱託」でしたのでそれほど大きな責任を負っているわけではありませんが、“過労死”を目の当たりにして「指示がくるまで」待っていることはできません。私の頭から『どうすれば警察職員が健康になれるか』という課題が離れなくなりました。

まず始めたのは実態を知ることでした。警察本部や警察署をめぐって情報を収集し、

  1. 休業率、外来保健点数が全国警察でほぼワースト1。
  2. 喫煙率、肥満率が全国警察の平均以下。
  3. 精神疾患の割合が多い。

ことがわかりました。

警察官という職業

県警産業医

県警本部に出向くと捜査一課などはたばこの煙でもうもうとした状態、しかも遅くまで多くの捜査員が残業しているという状態でした。昼間捜査に出て、本部に戻り休憩を兼ねた夕食後、書類を整理したり、情報交換したりする。帰途に就くのは毎日22時前後、頭が下がる思いでしたが、これでは健康に良くない。

一日4食、ヘビースモーカー、不規則な勤務が多い、このような生活が体に良いわけがありません。仕事中心を通り越して仕事だけの生活では、体ばかりではなく、心にもさまざまな問題が出てきます。

当時の和歌山県警の職員一人当たりの年間医療費は全国の警察中、いつもワースト10に入っていました。平成5年から平成9年までの5年間では“ワースト1に3度も輝いて?いる”状況でした。

当時の肥満率は全国警察平均40%弱なのですが、和歌山県警では45%前後と5ポイントも高かった。喫煙率は全国警察平均45%程度なのに対し和歌山県警は50%程度とこれも5ポイント高かったのです。仕事のストレスが高い肥満率や高い喫煙率につながっていた。しかもこれは心筋梗塞など突然死を引き起こしやすいし、ガンなどを含めた生活習慣病になる可能性も高くなる。しかし、私は医者ですから健康面からの改善は提案できます。病に倒れる警察官が少しでも減れば、和歌山県の治安にとっても良いことですし、悲嘆にくれるご家族をなくすこともできるのです。

県警産業医
県警産業医

病気にならない環境作り

禁煙をすすめて、残業を減らすためにどうすれば良いのかを考えました。

タバコの害は明らかなのに県警本部では煙が充満している状況でした。1日に2箱とか3箱消費する警察官も普通にいましたし、驚いたことに1人で2本も3本も火をつけている。どうやら仕事を進めていくうちに吸いかけのタバコを灰皿に置いているのを忘れて、次のタバコに火をつけるようです。それを複数の人が繰り返すものですから当然、室内は煙がもうもうとした状態になります。

「室内禁煙」を打ち出した時は県警こぞって大反対でした。“喫煙は必要悪”という人も多かったのです。その声に負けず、一人で『禁煙!』と叫び続けました。幸い、幹部の方には私の禁煙の必要性を理解してくださる方もいて室内禁煙が決まりました。

それでも室内で吸わないだけで、外の喫煙スペースなどでの喫煙は続いていましたが、1人当たりの喫煙量は減りましたし、受動喫煙による被害は防げるようになりました。

「午後6時になって、仕事は終わるけれども、まだ上司がいるから帰れない」こんな方が何人もいるのです。当然、時間つぶしをしなければなりません。しかも残業代は予算の関係からある程度で、カットされていましたので残っている割には残業代がつかないといった状況でした。

そこで“ノー残業デー”を提案し、上司が真っ先に帰宅することをお願いしました。そうすることで部下も気兼ねなく帰れるようになりました。

喫煙所
右:和歌山県警察本部交通センター喫煙所、左:和歌山県警察本部喫煙所

「歩け!歩け!」で肥満率だけでなく喫煙率も改善

和歌山県警では「ヘルスアップフォークラリー」といって、目標を設定し毎月どれだけ歩いたかを競っています。本部だけでなく、北は橋本署から南は新宮署、鑑識や機動捜査隊、交通機動捜査隊も含め警察職員は全員参加です。

それまでも県警でウォークラリーは毎年行われていましたが、半年間の事業でした。実施期間内には体重が減少し、実施期間が終了したら体重が元に戻るという循環を繰り返していたのです。たしかに、公の組織では年度をまたいでの事業実施には困難が伴います。中には「事業実施中の半年間で少しでも痩せられたのだからそれもなしに太り続けるよりは意味がある」と考える向きもありました。でも私はそれでは意味がないと考えました。

そこで、事業を2年通年で実施していただくようにお願いしたのです。すると体重が減り始めただけでなく、喫煙者も減ってきたのです。そんな効果があるとは私も思っても見ませんでした。しかし、考えてみると当然のことでした。

だから、私は「健康になりたいなら、歩け!歩け!」ということを推奨しています。私も暇が無くても、歩く時間を捻出して歩いています。健康になるなら1日8,000歩あるく、これが県警のウォークラリーを通して得られた結論です

メディア掲載情報

県警の産業医となって今年、20年目を迎えた。和歌山の警察官約2,800人の健康を守り続けてきた「赤ひげ先生」だ。糖尿病をはじめとする生活習慣病予防の専門家で、不規則な生活に陥りやすい警察官の体調管理のため、これまでさまざまな「改革」に取り組んできた。

最も成果を上げたのが、2002年に提案した健康支援リーダー事業だ。県警では、「五十六(いそろく)事業」と呼ばれている。

事業は、県警本部の各課の次席や、所轄署の副署長ら各所属の「ナンバー2」が健康支援リーダーとして「陣頭指揮」を執る。

具体的には、「肥満」「運動促進」「禁煙」という三つのテーマから一つ以上を選んでもらい、数値目標を立てて1年間で改善を目指すもので、肥満率や喫煙率の大幅な減少に貢献した。太平洋戦争開戦時の連合艦隊司令長官、山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という名言に着想を得たという。

「最初の頃はどれだけ口を酸っぱくして生活習慣病の怖さを説明しても、同じ人が何度も私のもとに指導を受けに来た」と振り返り、「『それなら上司に先頭に立ってもらいましょう』と考えたのです。効果はてきめんでした」と笑う。県警の完全分煙化にも尽力し、産業医に着任して以降、喫煙率は約15%下がった。

和歌山市出身。名古屋市立大医学部を卒業し、1989年に和歌山市内に内科の「小池クリニック」を開業した。98年に同市園部で起こった毒物カレー事件で、多忙を極めた県警の警察官が亡くなったのをきっかけに、産業医の依頼を受けた。クリニックでの診療も続けている。

重視するのは、病気の発生を未然に防ぐ「1次予防」だ。「費用対効果という考え方がある。病気にならないよう普段から健康に気をつかうことで医療費負担は大きく減り、健康寿命(健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間)も延びる。若いからといって病気は人ごとなどと考えないことが大切」と説明する。趣味は山歩き。診察の合間を縫って週に6回、市内の小高い山に登る。「県警のみなさんが元気に活躍する姿を見るのは気持ちいい」。和歌山の治安は、こんなところからも守られている。

【ライター:最上和喜】

肥満や喫煙「改革」で減少 小池廣昭さん(69)
2017年5月11日「毎日新聞」地方版より抜粋

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